■ 啓蒙天国通信 出張版 ■ 啓蒙の光 WEST
■私の妹がコロナ禍の中で乳がんにかかり、呆気なく死んでしまったのが2021年の2月のこと。
一応茅ヶ崎で身内だけの葬儀は済ませてはいましたが、先祖代々のお墓への納骨は先送りにしていました。
コロナも落ち着いてきたと言われる今年、流石にそろそろという話になりましたが…実は2014年に今のところに移住した時、引っ越し用の段ボール箱を、とりあえず一旦ご先祖を祀る仏壇のある部屋に置いておき、そこを作業場に荷を開けて整理し始めたのですが、日々の生活に追われて作業は中途半端な状態で止まり、殆んどそこが物置のようになりゴミ屋敷状態となっていました。
その仏間に親類縁者を呼び一通りの儀式が行えるよう、7月頃から整理作業を行い始めたのですが、なかなか片付いてくれません。気がついてみればこの原稿の締め切り時期が近づいてきています。その時期には綺麗に片付いていなければいけなかったのですが、とても追いつきそうもない。
ということで、今回はその仏間の整理作業に時間を費やすことを優先させるとし、こちらの文章はさらっと流すことにさせていただきます。すいません。
■実は、昨年末頃から左足の膝が痛み歩行困難な状態に陥っておりました。ある日、家庭菜園をやっている畑に久々に出て雑草を抜くなどの作業をしたのですが、その翌日、急に左膝が痛みだしました。恐らく、ここ数年コロナ禍のため出不精で運動不足となり、それで脚の筋力は衰え、反対に体重は増えており、そんな中で畑仕事をして急にぐっと左膝に負荷をかけてしまった、それがトリガーになったのだと思います。正直、膝痛がくるというのは全く他人事で自分にふりかかるなどとは予想外でしたが、折り畳み自転車で輪行旅行をしてあちこち見てまわりたい私にとって脚が使えないというのは致命的です。そのままインドアでネットばかりやって、脚の筋力は更に衰え体重は増えて、というヤバいスパイラルに陥り、そしてそのままボケが進行…なんて本当にヤバヤバな老後生活が見えてくるようです。
でまあ、何か対策をうたねばと考えました。脚の筋肉が衰えていることと体重が増えていることが要因なので、もともと私は自転車好きですからガシガシ自転車に乗ってとも思ったのですが、これから冬の寒さが本格化しようとしている時に自転車は正直辛い。こういうのは継続が大事ですが、退屈な田舎で、大したインセンティブもなしに毎日自転車に乗り続けるのは難しそうです。
そこで代替として考えたのが散歩です。ただの散歩ではなく、スマホを介して小説などを聴きながら歩くというものです。
私もいい年で、限られた余命の中でまだ読んでいない古典小説など読んでおきたいと思っていました。が、老眼のために細かい活字を追うのが苦痛となってきています。しかし、ネットの中には著作権の切れた小説をタダで読めるようにした「青空文庫」というサイトがあり、更にその収録作品から朗読化したものを集めタダで聴けるようにした「青空朗読」というサイトがあります。ここに収録された朗読作品を聴きながら散歩をする。ただの膝痛のリハビリではなく、小説を聴く機会としてこれを散歩のインセンティブにすることにしました。
■散歩するはいいですが、正直左膝は痛く、そう簡単には歩けません。膝痛に効くという怪しげな薬のCMがTVやラジオでバンバン流れていますが、そちらには手を出さず、サポーターを装着して膝を支えるようにしました。これは結構有効で、これで何とか歩けるようになります。
そうして、昨年末くらいから、サポーターにスマホと無線イヤホンという形で散歩に出るようになりました。あまり明るい時間に目立ちたくはなく、夜に徘徊することが多くなります。
スマホには万歩計アプリをインストールし、また、100均ショップでアウトドアグッズを購入し歩いた先で試してみたりしました。ワークマンプラスで散歩用の靴も新たに買いました。
そのうちそこそこ長距離を歩くのに慣れ、そして同じところを歩くのも飽きてきて、これまで行ったことのないところに踏み込んだりします。旧海軍が連合軍に徹底抗戦するために段丘上に網の目のように掘られた壕の跡やら、何の目的で作られたか不明な鉄筋コンクリートの戦争遺構やら、まあ流石に中には入りませんでしたが、これらを目の前にしてちょっとした探検気分を味わいます。
また、南一郎平という人物により段丘上に緻密に張り巡らされた水路だとか、ゴミ屋敷の脇に残るいにしえの街道の跡だとか発見したりして、地元のニッチな歴史を掘り起こすことになったりしました。まあ自分で言うのも何ですが、数か月のうちにかなりの散歩の達人となってきました。
■ただ、当初のインセンティブだった「青空朗読」は、正直作品数が限られ、例えば夏目漱石や森鴎外の代表作を読もうとしても、よくわからない短編ばかりが出てきたりでどうもイマイチです。
そんな中、何がキッカケだったか失念しましたが、前々から噂で聞いていて気になっていた中国発のハードSF「三体」が、アマゾンのオーディオブック「Audible」を使えば朗読で聴けるらしいということを知ります。無料体験後は月千五百円で聴き放題、「青空朗読」より圧倒的に選択肢は増え、毎日散歩の時に聴くくらい頻繁に使うことを考えれば全然安い。よし、ということで会員手続きをします。
「三体」については前に「漫画の手帖」85号の中でかなーりしつこくお話しました。結局、「三体」の三部作を聴くこと二巡、更に、二次創作的な作品である「三体X」、前日譚的な作品である「三体0 球状閃電」まで聴きました。まあこの頃は「三体」の続きを聴きたくてどんどん散歩に出ており、散歩のためのよいインセンティブとなっていました。そして冬もそろそろ明けようとしていました。
■「三体」の後は、芥川賞や直木賞受賞作品で気になっていたものの未読だったもの、村田紗耶香の「コンビニ人間」やら又吉直樹の「火花」やら数作を聴き、そしてその後は村上春樹の「1Q84」と「騎士団長殺し」を続けて聴きます。季節は春となり、この頃には数か月続けた散歩の効果があってか左脚の筋肉も戻ってきて、腹回りの脂肪もかなりとれてきていました。散歩ばかりも正直飽きてきて、自転車に乗っていつもと違う筋肉も使うことを取り入れるようになりました。私の中で村上春樹の作品は自転車で訪れた春の国東半島の山中の鮮やかな新緑や田んぼの草いきれとオーバーラップしています。
続いて、明石家さんまのプロデュースによりアニメ化された「漁港の肉子ちゃん」の作者・西加奈子の直木賞受賞した日本~エジプトの国際BL小説?
「サラバ!」や、やはりアニメ化された「かがみの孤城」の作者・辻村深月の直木賞受賞短編集「鍵のない夢を見る」などを聴いた後、アニメ原作作家つながりで聴き始めたのが宮沢伊織の「裏世界ピクニック」でした。
この小説を原作としたアニメは2021年の一期に放映されていました。人づきあいが苦手なメガネっ子の空魚と、帰国子女で金髪美人の鳥子という百合臭のする凸凹コンビが、現実のどこからか通じる「裏世界」を探検し、現実に帰ってきてから毎回居酒屋で打ち上げという話?で、まあヤバいとこ行きたがりの私はその設定に惹かれるものがあり、はじめは期待して見ていたものの、どうも話がよくわからなくなってきて、何となく流し見をするような形で私の中ではフェイドアウトしていました。が、まだまだ気になるところは残っていて、あらためて原作小説を聴いてみる気になったのでした。
でもって、現実世界とイメージをダブらせてこの作品を聴きながらあちこちを散歩することになりますが…あれれ、何か結構面白いぞこの小説。ちゃんと聴いてみると、空魚や鳥子の行動原理、彼女らが探検する「裏世界」の謎やそこにうごめくクリーチャーたち、そこからはみ出してくる者たちのことなどがわかってきて、話がしっくりしてきます。後で録画していたアニメの方も見直してみますが、こちらはちょっと端折っているところが多くて説明不足、なるほどこれでは面白さが活かせていないなあとわかります。
この話は原作の方は既に完結しており、イッキにアニメ化分を追い越してその先までどんどん聴きます。ネタバレになるので詳述は出来ませんが、アニメではまだ出てきていなかった新しい魅力的なキャラの出現、そしてラスボス的な存在との対決を経て、よいよ結末。これまで「共犯者」という最も親密な関係を保ってきた空魚と鳥子が、その一線を越えて更に深い「ぬえ」の関係となる、そうしてこの物語は終わりますが、この時、ロスに陥りました。いや、ロスというか、これまで他者との関係性に一線を保ってきた空魚にはどこか安心して共感し感情移入していたところがありました。が、最後の最後に空魚はその一線を越えてしまい、私は置いてけぼりを食らわされた気分になりました。私には鳥子のような親密な関係の存在は誰もいない。自分の気楽な一人暮らしは自分で選択してきた結果であり、そこからくる孤独は甘んじて受けようという緩い決意がありましたが、そういう風に同じ歩調を合わせていたと思っていた人間がひょいと先に行ってしまった…どうしようもない孤独の淵に立たされてしまいました。
ちょうどその頃、先に述べた部屋の片づけの中で、ミニコミ「啓蒙天国通信」をやっていた頃に交流のあった人たちからもらった手紙やらFAXやらが出てきて整理をしていました。それはいわば私の人生のピークの頃で、それらの人々とは今は殆んど関係が切れています。そんな感じで自分の人生を振り返りちょっと孤独感を味わって沈んだ気分にありました。
そして「裏世界~」の結末を聴いた日の夜、私の住む集落ではコロナによって数年中断されていた盆踊りが再開されていました。20年ほど前に父が亡くなった時に、同じ集落の盆踊りで送ってもらうことにしてもらい、兄と妹と共に参加していました。その同じ盆踊りの光景を見て一緒に笑っていた妹も2年前に死んで今はいない。そういえば、人付き合いが苦手なメガネっ子の空魚は妹と似ていたかも。私は空魚と妹とをどこかでオーバーラップさせていたのかもしれません(そういえば妹が死んだのは「裏世界~」のアニメの放送時期だ…それで落ち込んでいて後半あまり見てなかったのかも)。
そんな空魚から置いてけぼりを食らわされた…色々と重なって精神的にかなりヤバくなりました。あたかも裏世界のクリーチャーからあっちの世界の深淵に引きずり込まれるかのごとく。
■「裏世界~」を聴き終わってヤバい精神状態に陥ってからも、部屋の片付けやAudibleで小説を聴きながらの夜中のハイキングはコンスタントに続けました。「裏世界~」ロスで孤独の深淵に引きずり込まされそうに落ち込んだ心は、別の作品を沢山聴くことで埋めるしかあるまい。人生のピークだった過去にすがりついて生きていくか、いやいやまだ前を向いて歩かねば、そうしてまだ旅を続けねば。せっかく痛めた左膝座もかなり治ってきた。まだまだ私は歩けるのだ。そう自分に言い聞かせつつ。
逢坂冬馬の、第二次世界大戦のソ連の女性狙撃兵を主人公にした「同志少女よ、敵を撃て」や白鷺あおいの日本版ハリポタ的ファンタジー「ぬばたまおろち しらたまおろち」などはそこそこ面白かったですが、まだ私を孤独の深淵から救ってくれるようなものではありませんでした(アニメ化したら結構楽しめるものになるんじゃないかと思える候補ではあります)。
小田雅久仁の月にまつわるダークファンタジ―「残月記」や伊藤計劃のゼロ年代的なセカイ系小説「ハーモニー」などはどうもしっくりこない。遠野遥の「教育」に至っては5分だけ聴いて止めにしました。地に足のつかない小難しい物語は、いい年した私には今更欲しいとは思えません。私の救いになったのは、寺地はるなさんという作家さんの小説でした。初めに聴いたのは、「水を縫う」という作品。手芸好きの男子を中心に、それぞれ生きにくさを抱え葛藤しながらも、地味な姉のウエディングドレスを縫うという形を通して収斂していく家族の物語。その優しい物語の読後感が良くて、続いてこの作家さんの7篇からなる短編集「タイムマシンに乗れないぼくたち」を聴きます。
「孤独と「戦う」わけではなく、また「乗り越える」でもなく、仲良く手を繋いでとまではいかないけれども、孤独とちょうどよい距離を保ちながらともに生きていこうとするような、そういう人びとの物語を書きました。」
とは寺地さん本人の言ですが、まさにそれは「裏世界~」によって孤独の深淵に引きずり込まれそうになっていた私にそっと優しく手を差し伸べ「そんなに気張らなくていいんだよ」と言いながら引き上げてくれるような作品たちでした。
「タイムマシン~」収録の短編の中で、特に私の精神に響いたのは「夢の女」という話です。事故で死んだアスミの夫はこっそりPCに小説?を残しており、どの小説にも「サエリ」という、多分夫の理想とする美女が登場していた。この「サエリ」がアスミにだけ見える形で現れる。夫の理想であるはずの「サエリ」はアスミにとっても自分に足りないものを埋める存在であり、そんな「サエリ」との奇妙な共同生活が始まる。アスミは夫方の喧しい伯母を疎ましく思い、実の娘も苦手とし上手くいっていない、そんな中で「サエリ」との関係性はある意味、理想的なものだったはずなのですが…。
これ以上はネタバレになるのでここまでにしますが、散歩しながらこれを聴いていて、不覚にも涙があふれて仕方がありませんでした。私には、この「サエリ」が「裏世界~」の空魚のパートナー、金髪美女の鳥子とイメージが重なってしまいました。そして、勿論フィクションだから存在はしないのですが、何と言うか、こんな都合よく自分をわかってくれる超絶美人なんて、そうそう実在するはずのない「夢の女」に過ぎない、だからそんな子が自分のそばにいるはずがない、いなくてもいいのだ、寺地さんの言うように「孤独とちょうどよい距離を保ちながらともに生きていこうとする」といった生き方でいいのだと教えてくれるようでした。まるで裏世界のクリーチャーが放った憑き物が払い落とされたようでした。よし、私は裏世界からこっちの世界に戻ってきたぞ!
■裏世界の憑き物も祓ったので、よせばいいのに「裏世界~」原作者の宮澤伊織の別作品もまた聴いてみる気になりました。いやまあ今後は裏世界にとりこまれることに十分警戒しつつ慎重に探検するがごとくです。で、「神々の歩方」と「草原のサンタ・ムエルテ」を聴きました。異星?から来た高次元の生命体が地球の人間に憑依、その人間は大都市を一つ葬るほどの驚異的な力を手に入れながらその超人的な力を制御出来ず狂気に取りつかれ、それは人類の大きな脅威となる。同じく憑依され巨大な力を持った少女ニーナは、ちょっと成長した身体になって超人たちの暴走に立ち向かう…と、まあラノベ好きのオタク受けしそうな、あざとさすら感じさせる設定ですね。それを言えば、「裏世界~」の設定も百合好きオタクはこういうの好きだろ、といったあざとさも感じさせましたが、嫌味を感じさせない程度に上手く咀嚼出来ているかな。このシリーズもアニメ化したらそこそこヒットしそう。
つか、「裏世界~」の続きもアニメで見たいのですけども…視聴率や円盤売り上げがイマイチなようなので、二期は無理かな。映画化も無理か。
あと、百合SF?「そいねドリーマー」のAudible対応希望。アニメ化でもいいですよ。
■そんなこんなで、裏世界から無事生還してきた私、一緒に打ち上げをしてくれる存在がいないのは正直さびしいのですけども、まあ、「孤独とちょうどよい距離を保ちながらともに生きていこう」ですね。
半年以上続けたお散歩により、左膝の状態はかなりよくなりました。前は大変だった階段の上り下りも無理なく出来ます。全力疾走はまだ無理ですが、駆け足程度なら何とかなりそうです。全体の体調からすれば、ちょうど一年前の岡山県玉野市を訪れた頃より良いくらいです。世間的にはコロナ禍も明けてきた感じで、この数年間のロスを補うべくどんどん出歩いていこうかと。大病をしなければ、あと3年くらいは何とかなるかな。
■仏間の片づけをする中で、小中高校生だった頃に集めていた思い出の品やら、大学漫研の頃の資料やら「啓蒙天国通信」をやっていた頃の資料やら、阪神淡路大震災の被災地を歩き回って集めた資料やら、脱北者支援NGOで活動していた頃の資料やら、自転車に乗ってあちこち走り回ってた頃のおみやげの品やら東日本大震災関係の資料やら、そしてヘイトデモへのカウンターに参加していた頃の資料やら、正直色々あり過ぎて、クリアファイルや本棚に整理するのも本当にしんどかったです。いつまでも過去に引っ張られているのは恥ずかしいですが、せっかくなのでここらも少しずつネタとして放出していくとしますか。
■TOKUMARU28号の脱稿の後、またネット上ではあれやこれや騒動がありました。
6月、埼玉県の県営公園のプールで行われようとしていた水着撮影会に女子中学生がモデルとして参加予定であり、過去にかなり際どいポーズを要求されていたことなどが問題視され中止されました。この件については昼間たかし氏が適切なまとめを書いていますのでそちらにお任せ。
■同じ6月、主人公アリエルをアフリカ系のハリー。ベイリーが演じる実写版リトル・マーメイドが日本で上映されはじめますが、同時期に上映され始めた任天堂のゲームが原作でお姫様が白人の「スーパーマリオブラザーズ」の方が興行成績が上だったとかで「ポリコレ敗北」「フェミ涙目www」みたいに噴き上がるのが出てきました。いやポリコレって別に興行成績を上げるためのテコ入れ策じゃないし、何が何でもヒロインをアフリカ系にしようという思想運動でもないのですけども。
私は両作品を見ましたが、「リトル~」は正直そう面白くは思えませんでした。よく「元のディズニーアニメのイメージが壊れる」という意見を聞いていましたが、前のディズニーアニメの段階でそんなに面白くなかったのではと訝しんでしまいました。キミら、本当に前のディズニーアニメに思い入れを持っていた?
「マリオ」の方は、私は全くゲームをやらず思い入れは何もありませんでしたが、そこそこ楽しめました。ピーチ姫は自分を持ったポジな女性として描かれていて、ポリコレ的に特に問題はないように見えましたね。
■7月、宮崎駿の「君たちはどう生きるか」が上映されます。これについて「宮崎駿が興行収入やら世間のポリコレやらメッセージやら一切気にせず作りたいように作ったコミケ用の薄い本の作成を、日本アニメーション界のアベンジャーズが全員手伝った」といった評があり、これが3万以上の「いいね」をもらっていました。えーいやタイトルがもうメッセージじゃん。
頭を空っぽにして楽しめる作品というのも否定はしないですけど、何か作品に思想性やメッセージ性があってはいけないみたいな風潮はいただけない。その見方はヘタするとクリエイターの表現したいものを無視したり否定したりすることになりますよ。何のための「表現の自由」?
■「機動戦士ガンダム 水星の魔女」は女性同士の婚約だ何だで当初から色々と話題の作品でしたが、7月初めの最終回では、スレッタとミオリネ、両者の左手薬指には指輪があり、二人が結婚したことを示唆していました。
が、ガンダムエース9月号のインタビュー記事で、紙媒体では「結婚した」とあったものが、電子版になると削除されており、これは検閲で書き替えられたのではないか、と炎上する騒動がありました。
ガンダムエースの公式発表では、編集者が憶測で「結婚した」としてしまい、これが校正時に修正依頼があったのにそのまま7月末に発売されてしまったとのこと。
https://g-witch.net/news/detail.php?id=20824
ちなみに、この後に車椅子に乗るスレッタをミオリネが押すファンアートがツイッターで拡散されましたが、スレッタがLGBTの象徴であるレインボーフラッグを持って翻していたことから「思想を持ち込んで汚すな」的な言説で集中攻撃を受けることになりました。
いやいや、良い感じのファンアートじゃん。私的には「思想を持ち込んで汚すな」という人らの方が偏向した思想に冒されているんじゃないかと思ってしまいます。そして、そんな集中攻撃を見て、ガンダムエースの「結婚した」表記に何らかの圧力やら、何らかの忖度やらがあったのではないかと勘繰られても仕方ないかなとも思えてしまいました。
■アメリカでは、映画「バービー」と、原爆を作った男オッペンハイマーを主人公にした映画「オッペンハイマー」が同時期に大ヒットし、これを「バーベンハイマー」として合体させ原爆雲を背景にオッペンハイマーの肩にのってはしゃぐバービーといったパロディのファンアートがネットにあふれ、あろうことかバービー映画の公式アカウントがこれに「いいね」をつけていました。日本では8月6日と9日を前にして批判の声が沸き上がりました。
この批判は正当なものだと思うのですが、「バービー」がフェミ寄りの映画だったことから、この騒動に乗じて「フェミだとか綺麗ごとを言っているが本心は黄色いサルが原爆で殺されたことなどどうでもいいと思っているのだろう、ポリコレなどその程度のものだ」といった感じでフェミ叩きやポリコレ叩きに利用する者が少なからず出てきてウンザリしました。
何だかなあ…「外部勢力がポリコレを使って圧力をかけ日本のオタク文化の破壊を狙っている」的な夜郎自大で自意識過剰な陰謀論めいた言説に安易に乗っかっちゃダメですよ、本当に恥ずかしいなあ。
■「バービー」についてはもう語り尽くされているところがあるのでここでは控えておきます。まあ、過去にLGBTQに理解があるっぽい「変」な作品を描いた某ベテランマンガ家が「バービー」を腐したことで、あれは外面だけ、売らんがためだったというのを露呈しちゃったというのがあったか。
ついでと言うか、同日に中津のシネコンで観たピクサーの新作「マイ・エレメント」が非常に良かったのでお勧めしておきます。
初めは子供だましと思っていましたが、町山智浩氏の解説で見る気になりました。この作品、監督が韓国系移民の末裔で、少々怒りっぽい火の女の子エンバーは韓国系移民のメタファーです。まあそういうところを押さえておくと俄然面白くなるのですが、その前知識を除いても十分面白い。あなたが親であれば一緒に観に行ってほしい。いにしえの東映まんがまつりの作品を見た時に感じたワクワク感を、きっと子供たちも味わってくれます。そんな映画だと思ってくれればいいかと。
■さあ原稿も終わった、また散歩しに行こっと。Audibleで寺地はるなの「カレーの時間」を聴きながら。あと何時間散歩をすれば全部聴き終わるかな。そして次は何を聴こうか。
左膝はもう全然大丈夫です。
~宮崎駿監督について私が知っている2、3のコト~
宮崎駿監督の最新作であるこのタイトルを聞いた時、私は正直ウンザリしました。こーゆー上から目線の作品に碌なモノが無いと考えたからです。それでも、〝死に水をとる〟と言いますか、この一九八〇年代以降のアニメ界を引っ張り、支え続けた偉大な巨才を最後まで見届けるつもりで、あるいは〝麒麟も老いては駄馬にも劣る①〟のか〝腐っても鯛②〟なのか、はたまた〝雀百まで踊り忘れず③〟なのか、見極めようと劇場に足を運びました。
見終わった結果として、色々と言いたいことはあるが、随所に宮崎氏らしい筆遣いや、氏ならでは作画の工夫がなされ、まだまだ現役だな、と感じました。そして未だ①じゃないな、②もしくは③、次回作に期待というのが偽ざる感想です。皆様も御存知の通り、この作品は従来の宮崎作品とは違って、大々的なキャンペーンやPRが行われませんでした。至極ひっそりと上映が開始され、その公開当初は、アニメ作品ならば大量に作られるグッズも、クリアファイル一種類のみで、パンフレットも無い有様でした。私はこの作品を観て、密やかなキャンペーンやPRを「成程ね」と思っていたのですが、世間ではそうとらえなかったようです。
「感動した」「宮崎監督らしい傑作だ」「「泣いた」という感想や、大々的な宣伝が行われなかった事に対して「奥床しい」などという評判が巷間に溢れるのを見て「ちょっと待って」と私は言いたいです。
まず初めに私が言いたいのは「私はまったく感動できなかった」というコトです。
なぜなら、私は主人公の少年にまったく感情輸入できませんでしたし、共鳴や共感をまったく覚えなかったからです。あんまりネタバレになってもいけないので、詳しくは説明しませんが、この作品の舞台になった第二次世界大戦太平洋戦争末期の日本で、空襲で母を失った少年は父親と共に地方に疎開します。ただし、父親は軍需工場を経営しており、羽振りも良く、疎開した先でもかなりの影響力を振るうことのできる有力者でした。そんな主人公は疎開先の学校でイジメにあいます。〝疎開先でイジメにあう〟などは当時の日本では至る所で行われていた行為であり、無い方が珍しかったでしょう。そしてイジメにあった主人公は、下校の途中で道端の石を拾い上げ、自分の頭に打ち付け、自傷行為を行います。そうして帰宅すれば、どんなに主人公の少年が「道で転んだ」と言い訳しようが、有力者である父親が激怒し、学校の教師や校長、村長や村の有力者などを怒鳴りつけ、少年をイジメた同級生の父親を通じてその同級生にまで重大で決定的な災いが及び、自分の学校での立場が著しく改善され、少なくとも表立ったイジメは無くなるであろう事を想定して行っている、という主人公に私はまぁったく共感できませんでした。イジメられて、イジメられるのが嫌なら立ち向かい、それがかなわないのならば、まず教師に訴え、それがうまくいかなければ、父親なり他の人物に相談すればよく、自傷行為でいきなり特権なり、特別な地位を得ようとするなど、卑怯極まりないと私は感じたからです。
その後、少年はケガによって熱を出し、疎開先の自宅の不思議な伝承(伝説?)と相まって夢とも幻想、異空間とも知れぬ別世界に迷い込み、冒険を繰り広げます。
見終わって、この作品の主張と共に、タイトルの『君たちはどう生きるか』とは、どういう意味なのか、考えたのですが、「あまり過去にはとらわれないで生きていこう」「夢や幻想に囚われず、現実を見よう」などと『君たちはどう生きるか』の作者や宮崎監督は考えたのかもしれないと思いつつ、少なくとも「自傷行為で他人に濡れ衣を着せるのは正しくない、卑怯千万、愚劣な、人間としてあるまじき、恥ずべき行為だ、とは言っていないな」と感じました。
総じて過去の宮崎作品から見れば、平均値を下回ると言いますか、この一作で宮崎監督の作品の平均値を大幅に引き下げる、宮崎監督の評価を下げる作品であったと思います。
イロイロあったと思われる『風立ちぬ』でも「戦争は嫌いだけど、早い飛行機、優れた強い戦闘機は大好き」という、人間の、ひいては宮崎駿という人物の矛盾を現わしていると考え、前向きに評価できます。
そしてこの『君たちはどう生きるか』という作品が、今までの作品とは比べ物にならないほど至らない作品だと、宮崎監督自身が知っているからこそ、上映初日にパンフレットが間に合わないような、事前告知やキャンペーン・PRをほとんどしなかったのではないかと、私は解釈しています。
前例があります。私がこの『漫画の手帖』で取り上げた『劇場版シンヱヴァンゲリヲン』、です。第1作目第2作目は大々的で積極的な宣伝を行い、また内容もそれにふさわしい素晴らしいモノでしたが、待ちに待たされた第3作目と最終の第4作目は、その画面の美しさや構成の見事さは評価できるものの、内容は観た人間が当惑を覚え、「コレが『(TV版+劇場版完結編)のエヴァ以降は何も良い作品はなかった』と大見得を切って作ったシロモノかい⁈」と断じざるえないシロモノですが、第3作目第4作目は大した宣伝活動はしていませんでした。待たされた当時は「庵野監督が、ファンの飢餓感をあおっている」と感じたものですが、今考えてみれば、庵野監督にしてみれば大言壮語を吐いたものの、それに見合った作品ができていないことを自ら悟って、大々的な宣伝を控えたのではないかと前向きに解釈しています。
宮崎監督にしろ庵野監督にしろ、私は二人ともそんな奥床しい人物だとは考えていません。よく知られていますように、ジブリ時代、鈴木プロデューサーが「次代のジブリを背負って立つ」と考えた才能の芽を宮崎氏は丹念かつ丁寧に悉く潰してまわりました。そして「自分(=宮崎氏)が一番、お山の大将である」という、独裁者の特権的地位を確固たるモノにしました(……そのために宮崎氏が人一倍と言うよりも人の何十倍と働いたし、きわめて優れた才能の持ち主であったということは疑いようのない事実であることは断っておかねばなりません)
私は芸術家が「自分が誰よりも偉い」という唯我独尊的な自己主張をするのを否定しません。と言うよりも、その主張に見合う才能の発露、作品の発表が行われる限りにおいて、全肯定します。だからこそ、発表された作品の一つ一つにしかるべき評価がなされるべきだと考えていますし、過去の作品がどんなに素晴らしかったからと言って、それだけの理由で、現在の行為が高く評価されたり、人間性まで完全であるかのように言うべきではないと考えています。
宮崎監督は『風の谷のナウシカ』が大ヒットするまで売れない作家でした。『ルパン3世 カリオストロの城』『未来少年コナン』(およびそれまでの優れた作品などのより)でコアなファンを獲得していたもの、一般大衆の認知度は低い、というかありませんでした。私には『カリオストロの城』を公開当時に劇場で観た友人がいるのですが、その友人は「自分は感動しているのに、子供たちは劇場で(作品に飽きて)走り回っていた(=人が入っていなく、ガラガラだった)」という話を聞いていますし、『未来少年コナン』にいたっては、まったく同時期に同じようにTV放映された『機動戦士ガンダム(いわゆるファースト)』の凄まじい人気と盛り上がりに押され、一部で話題になったくらいでした(私は『未来少年コナン』は日本TVアニメが誇る、傑作のひとつである、と評価していますが) 『ガンダム』と同じように、劇場版『未来少年コナン』も作られましたが、評判にもなりませんでした。
このような境遇に置かれた偉大な才能はいびつになるのは当然でして、数々の試練に立ち向かえばなりませんでした。私が直に知っている事件の一つに『ナウシカ』が大ヒットした後、朝日新聞主催で『ナウシカ』の特別記念上映が渋谷の映画館を借り切って行われ、宮崎監督自身がやって来て話を行い、さらにいくつかの質疑応答が行われました。その質疑応答で、私の前に座っている中学生らしき少年が「『カリオストロの城』『ナウシカ』とヒロインの声優に島本須美さんを起用しましたが、次回作もそうですか?」と尋ねました。私は心臓まで真っ青になりました。「そんな事を言ったら……」 宮崎監督は憤然と「私は島本須美の物語を作るつもりでアニメを作っているんじゃない」と色を成して答えました。少年は満足そうにうなずいて着席しましたが、私は「この少年の発言で、島本さんは宮崎監督の作品から干される」と思い、事実その通りになりました。
『カリオストロの城』以前に、つまり宮崎監督の作品が正当な評価を得る前に、島本須美さんが宮崎監督の作品に惚れ込み、猛烈なアプローチをかけ、そのヒロインの声優を勝ち取ったのに、島本須美さんの努力が少年のたった一言が無残に打ち砕いたのです。
もし、宮崎監督が度量の大きな人物であれば、折りにつけ島本さんを起用したでしょうし、また手塚治虫氏の死後、「手塚治虫の功績は無い」というような発言を繰り返すこともしなかったでしょう。(ちなみに『ガンダム』の監督富野由悠季氏は、手塚治虫氏の弟子にあたります。『コナン』放映時、そしてその後さぞかし苦々しい思いをしたのでしょう)
まあ、ともかく、宮崎監督には新作を作って欲しいですね。それともこの『君たちはどう生きるか』を自身の最終作とするつもりなのでしょうか? それほどまでに(他人に足しては厳しいクセに)自分にはおおらかなのでしょうか? それは度量が狭いと呼ぶよりも、「人間としてどうよ?」「ヒトとして重大な欠陥があるんじゃないですか?」
◎賛否両論、難解という感想もある宮﨑監督の『君たちはどう生きるか?』を、シンプルにまとめてみます。
金持ちのお坊ちゃんで、ちょっとイヤなヤツであるハヤオ少年が、実家に(継母の出産も兼ねて)疎開している時に、本と自然のファンタジー世界に逃避していたけれど、『君たちはどう生きるか?』を読んで、生き方を変える話。
良く言えば、監督の集大成。
悪く言えば、セルフパロディ含む、子ども時代に影響を受けたもののごった煮。七人の小人が、七人の老婆になったり、アリスになったり、母との話はひょっとして手塚治虫の『キャプテンKen』?
しんみり言うと、監督最後の作品としての、美しい走馬灯…
ところで監督の「崎」の字は、いつのまにか「﨑」なんですね?
◎『月刊チャンピオンRED』(秋田書店)は、銀河鉄道999、どろろ、サイボーグ009、聖闘士星矢など、懐かしマンガというか、昔のサンデーコミックスのマンガのリブート(?)がたくさん掲載されているちょっとフシギな雑誌。
その中でも最も注目だった作品が、ついにコミックスになりました。
『8マンvsサイボーグ009』上下巻(原作/平井和正◦桑田二郎◦石ノ森章太郎 脚本/七月鏡一 作画/早瀬マサト◦石森プロ)
両方の設定やキャラクターの特徴を、うまく伏線として活用して、かつてのファンも納得の仕上がりになっています。
特に、サチコさんがらみの、想像させるエンディングは、ちょっと泣かされました。
もし、さらにこの続きがある時には、桑田キャラを松久由宇先生に描いていただけると、さらに良いかも♫
なお、『8マン〜』のコミックスは、小口にも、イラストが印刷されているのですが、もしかしてカラーのは業界初めて?
◎松苗あけみ先生の本が出て、『JUNE』に描いてもらった、女城あさま名義の二色マンガ8Pとカラーイラスト1Pが、綺麗に収録されていて嬉しかったのですが、イラストに出典がなく、インタビューでも『JUNE』はスルーされていたので、もしやJUNEは黒歴史? と、ちょっと哀しくなりました…
元『JUNE』編集長
現京都精華大学マンガ学部
佐川俊彦
◎追伸
『comicリュウ』(徳間書店)の龍神賞(審査員/吾妻ひでお◦安彦良和)でデビューした西村ツチカ君の『北極百貨店のコンセルジュさん』が劇場アニメ化!(プロダクションIG)
10月20日から公開だそうなので、良かったら観て下さい。『ビッグコミック増刊』連載のですけど。
元『comicリュウ』編集部
初代担当編集者(アニメは未見)
佐川俊彦
まんだ林檎「えろ◆めるへん西遊記」・「同。外伝 水恋華」リブレ刊セキララ文庫
佐藤村雨製作所他「Brother Complex」など。圧倒的画力!!また漫画描いて!
2023年11月5日発行